E&S DJRシリーズが生まれる場所

今では世界的な認知度を持つこのポータブル・ロータリー・ミキサーは、20年ほど前フランスで誕生した。

ロータリーミキサーが流行から外れ始めた頃だ。このE&S DJR400 mixerが、新生代高品質ロータリーミキサーの金字塔として、その後を続く、MasterSounds、Condesa や Meza Studiosなど新しいロータリー・ミキサー達のコンパクトなデザインに大きな影響を与えることとなった。

パリ17区にあるE&S設立者ジェローム・バーブのアトリエは、アパートメントの地上階にあり、緑が点在する中庭とポツンと気持ち良く立っている木に面している。

まるで廊下のような様子のアトリエは、崩れたブロック、MOOGのステッカーや子供達の落書きで覆われた壁に囲まれていて、想像するようないわゆるアトリエの整然さはそこにない。ミキサーや集積回路、電子機器が整頓された小さなラベル付きボックスらが無数に積まれた棚が並ぶ。

日中、ジェローム・バーブはデスクでオーダーがどの程度入っているかメールチェックをする。その間、アシスタントのドミニクが道具で埋もれたテーブルでハンダ付けの作業を行っている。

彼らは古い友達で、DJR400のオーダーからデリバリーまでの全ての行程を二人で行う。ジェロームは、若い頃からエレクトロニクスに多大な関心を持ち、MOOGフランスのエンジニアとして働くことになった。

意外なことに、彼はダンスパーティーに足繁く通うタイプではなかったという。若かりし頃はロックンロールにはまり、今ではもっぱらクラシック音楽やIl Guardiano del Faro(フェデリコ・モンテ・アルディニの別名義)が好みで、これらの音楽をDJRを通して聞き、テストを繰り返していると言う。

 

2000年代の初頭に、フランスの伝説的なDJ DEEPが自身のUrei1260を持ってジェロームの元を訪ねたのがきっかけで、現在のDJR400のプロトタイプを作り上げることとなった。その後、Kerri Chandlerが軽くてコンパクトなミキサーを提案し、さらにJoe Claussellがアイソレーターの追加を提案した。こうして、このミキサーは誕生したのだ。

今では世界的な知名度を誇るミキサーで、日本やアメリカからのオーダーが絶えないが、E&Sは未だに小さな会社であり、年間100台程度のカスタムメイド・ミキサーしか製作しない。1台ずつ、ハンダ付け、組み立て、テスト、梱包、をこの小さなアトリエの中で、ジェロームとドミニクが自ら手を加えていく。

TEXT & PHOTO:SILVIA GIN